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負の連鎖断ち切れ

神奈川新聞、かながわ時流・自流「負の連鎖断ち切れ」 
  2011年11月19日・掲載 (掲載許可済み)

 9割以上が抑うつ状態にある。自傷行為を繰り返し、自殺を考える人も多い。男性全般が怖くなり電車に乗れず遠くまで外出できない。スーツなど夫と同じ服装をしている男性を見るだけで震えてしまう…。

 運営する中期シェルター(3~6カ月滞在できる一時保護施設)に駆け込んでくる、DV(ドメスティックバイオレンス、配偶者からの暴力)被害者の実態だ。たとえ体に傷がなくても、全員が心に深く大きな傷を負い、回復には長い時間を要する。「体の傷はいずれ治っても、心の傷はずっと消えない」。ある被害者の言葉が、今も忘れられない。「DVは人権侵害であり、魂の“殺人”なんです」

 しかし、一般的には「DV=身体的暴力」、つまり「殴られていなければDVではない」とのイメージが強い。言葉で相手を傷つける「精神的暴力」や、外出させないといった自由を奪う「社会的暴力」は認知度が低い。そのギャップも、事態を深刻にさせている一因という。

■DVの本質とは何なのか。それは暴力そのものではなく、「日常化した力と支配の関係」だという。優位に立つ夫が、妻を思う通りにコントロールしようとする。従わなければ、「暴力」を使ってでも。

 あるいは「妻になじられた仕返し」との反論もあるかもしれない。だが「きっかけが何であれ、暴力は複数の選択肢から本人が選んだ結果。だから加害行為は、百パーセント加害者の責任」。被害者の苦しみに寄り添ってきたからこそ、厳しい言葉を向ける。

 ただ「生まれながらの加害者はいない」とも。上司と部下、医師と患者、教師と生徒…。大声で相手を罵倒しても許されるような上下関係のモデルは、社会のそこかしこにある。

 最も影響力を及ぼすモデルが、自身の両親や親子の関係だ。強権的な夫や父に、妻や子は逆らえない。暴力を振るわれても、当然だと受け止める。そんな「暴力容認」の社会風潮と、「女性は男性に従って当たり前」という「ジェンダー・バイアス」(社会的・文化的な性差別や偏見)が重なった環境で、長い時間をかけて加害者が学んだ結果なのだ。

 「加害者も実は、社会からの被害者でもある」

■「加害者も被害者」とは、少し加害者を擁護しすぎた意見かもしれない。しかしそれは、ことし4月に加害者の更生プログラムを始めたからこそ見えてきた、DVの隠れた一面だ。

 活動が被害者支援だけだった当時の加害者像は「漠然と強くて怖い存在」だった。だが加害者の多くは、妻に離婚を突き付けられたり、逃げられたりして初めて、自身の加害行為に気付く。「父の母への接し方と同じように妻にしていただけなのに」と涙を浮かべる加害者に、哀れみすら感じることもある。

 誤っているのは人格ではなく、価値観。要因が社会に内在する以上、「誰もが加害者になり得る」と警鐘を鳴らす。一方で、こうも強調する。「同じ社会で育ってもDVを起こさない人はいる。暴力を社会や環境のせいにするのはひきょう」。更生プログラムは「自分が変わることが責任を取ること」との姿勢を鮮明にしている。

 若い被害女性には意外にも、「男尊女卑」の意識が強いと感じている。それが男性の暴力を助長している側面があるのも事実。「そういう親の姿を見ているからでしょう」

 負の世代間連鎖を断ち切るためにも、親世代には「夫婦の良いモデルを見せて」と呼び掛ける。「互いを尊重し、共感し合う関係」の素晴らしさを、身をもって子どもに伝えること。それが、DV根絶の大きな力になる。そう信じている。

◆DV被害の実態 県配偶者暴力相談支援センターによると、2010年度に寄せられた相談は6040件で、06年度に比べ26.5%増。県警が10年に110番通報などで認知したDV事案は2505件と、06年比60.7%増で、被害防止のための「援助」も766件に上る。11月25日の「女性に対する暴力撤廃国際日」に合わせ、毎年11月12日から25日は「女性に対する暴力をなくす運動」期間に定められている。

◆くりはら・かよみ DVシェルターを運営する「ステップ」に、発足の2003年から参加。07年から理事長を務める。DV防止のため、一般向けだけでなく中高生への講演活動も積極的に行っている。横浜市緑区。65歳。「ステップ」の問い合わせは電話080(5530)8047。
by npo-step | 2011-11-19 11:05 |   メディア・掲載、紹介