2012年 11月 09日
DV加害者更生プログラムに参加して本人から了解を頂きましたので、名前以外は原文のまま紹介致します。
私はDV加害者更生プログラムに参加して、考え方が変わってきたことが二つあります。
ひとつは面談の時に学ばせていただいた基本的欲求についてです。
私は妻を失うことにより、すべてを失ったようにずっと感じていました。
愛・所属、力、楽しみ、自由そして生存までも失ってしまった気がしていました。
すべて妻や家族に依存していたのですね。
自分で満たさなければいけない。
妻や家族がいなくても、自ら心を満たさなければいけない。
毎日の生活の中のひとこまひとこまの中でそれを意識するようになりました。
自ら心を満たさなければ
「僕はもう大丈夫だよ。帰っておいで。」とは妻には言えないことに気がつきました。
そしてもうひとつは、
前回のグループワークの「考え方と気分の関係」の中で学ばせていただいたことです。
私は、口論になると妻が家を出て行くのをある意味暴力だと感じていました。
自分の意見がとおらず腹をたて、私をシャットアウトする行動であり、妻が身重であったり、授乳の必要な赤ん坊を置いていくのは、私を心配させたり、困らせるための「ある意味暴力」ではないかと感じていました。
別の考え方はないだろうか?とか別の角度から考えることはできずにゆううつの度合いは100のままでした。
そして、プログラム参加者から
「出て行ったのは、奥さんの「自由」です。所有物だと思わないことです。出て行かれて困るというのもおかしい。一人でもできるはずです。」
そう意見されました。
ほかの二人の参加者からも同じように「なんとでもなりますよ。」と言われました。
目から鱗が落ちたような気分でした。
※そのとおりでした。
妻は家にいるのが当たり前、育児をするのが当たり前…
私は自分でも気がつかないうちに妻を拘束し所有物だと思っていたのです。
無意識だったと思います。しかしそこには私の妻に対する特権意識があったのです。
そして最後にファシリテーターから
「奥さんだって出ていきたかったはずがありません。身重でありながら家を出て行った奥さんの気持ちを思ってください。」
なんて私は愚かだったのだろうと思いました。
なんでそんなことに気がついてあげられなかったのだろう。
私は妻の行為だけしか見ていなかったのです。
その行為(自分をシャットアウトする。)だけに不満を感じ批判していたのです。
妻が身重であり精神的にも身体的にも不安定であったり、自分がおっぱいをあげなくてはいけない赤ん坊を置いてまでも、家を出て行くしか選択できなかった妻の気持ちを思ってあげるべきでした。
そして、そこまでさせてしまったのは自分であり、私には妻に対して傾聴し、受容する姿勢が足りなかったのだと反省しました。
愚かだったと思います。
その時の妻の気持ちを思うと申し訳なくて涙がでます。
現在、私は妻と暮らした日々の中で、※妻を苦しめた※間違いなく私の誤った行為はもちろんのこと、口論になったこと、不満に思ったことをすべて思い出そうとしています。
そこには必ず特権意識や自分を正当化する思いがあったはずです。
妻に対する不満や弱点ばかりに焦点をあてていた自分がいたはずです。
どんな些細なこともひとつ残さず思い出し、その時の間違いを見つけたいと思っています。
どういう意識を持ち、どう対応すればよかったのかひとつひとつ解決したいと思っています。
どうしても自分で解決できない時でもグループワークでファシリテーターや参加者の皆さんに相談して、必ず結果を出したいと思っています。
電話相談・毎週金曜日、10時~16時迄、 045-227-7870
DV加害者更正プログラム専用窓口 080-5530-8047
ステップは、神奈川県内で
DV加害者更正プログラム活動を行っている特定非営利活動法人です。
by npo-step
| 2012-11-09 05:55
| はじめに