別居から同居へ、夫・Mさんの体験談、

 別居中のご夫婦が、ステップに見え、3回のプログラムに参加した後同居になりました。ご夫婦から手記を頂きましたので、夫・Mさんの手記を原文のままご紹介いたします。

いつものように仕事がそろそろ終わり、帰ろうと考えていた時間に妻から1通のメール。
「一緒にはいられません。しばらく(遠方の)実家に帰って頭を冷やします。」
このメールの数日前にも妻は近くの自分の実家に助けを求めて、3歳の小さい息子を連れて家を出ていったばかりだった。そしてこのメールの1週間後に妻から離婚の連絡が入った。

妻と結婚したのは10年以上前。振り返って、その結婚当初から自分はDVを行っていた。暴言は日常のように、少なからず暴力も行っていた。当時、自分の中でDVの「原因」としていたことは幾つかあるが、要因の一つは妻の片付けに関することであった。自分が期待する片付けが行えていないことに腹を立て、そしてDV行為に及んでいた。暴力の後はさすがに嫌な気持ちになり、自身のその行為に反省し、謝ることもあったが、妻が約束(※)を反故すると、妻のせいとして、DV行為を完全に止めるという考えに至るとはなかった。(※私の期待の押し付けにやむなく応じたもので、約束とは言えないと今は認識している)
3年前には子供も生まれ、それまでは耐えてくれていた妻も小さい息子の将来を考え、家を出て、私と別れようという決断に至ったのは当然の選択であった。

妻が家を出て数日間、自分のこれまでの言動を振り返った。前述の通り、反省をすることがあっても、DV行為を停止するには至っていない自分から、単純に妻に対してDVをしないと約束するだけでは妻自身が信じられないのはもちろん、自分自身としても根本の解決にならないだろうと考えた。そしてそのDV行為に手前にある「怒り」に目を向けた。短気な自分を変えるにはどうしたらいいのか、と考えた時、以前、情報番組で見た「怒りのコントロール」をビジネスとして行っている企業のことを思い出した。

ネットで検索したところ、その企業の紹介するコントロールのページで、「そもそも怒るのは他人のせいという考え方に問題がある」といった考え方が、自分の中で大きく考え方を変えるきっかけとなった。怒りは他人のせいではなく、自分のせいである、つまり自分で怒りはコントロールできる。むしろ怒りを表面に出すということは他人に自分自身をコントロールされている、という考えは、自分にとっては好ましいことではなく、そこから怒らない方法を選択することを意識しようと自身の中で決意した。これは後に知ることとなるステップの選択理論の考え方であった。

このことに気付き、少し意識して実践すると、間もなく、腹を立つという気持ちが大きく変わった。子供じみた暴力的な行為や暴言なども頭に浮かぶことがなくなった。
また妻がいないことで身の回りのことはすべて自分がやる必要が出てきたことで、妻に対して期待していたことは、時として難しいこともあったのだ、と自覚できたとともに、妻の自分に対する深い配慮と愛情も知ることが出来た。

しかし自身では変わったと言っても、その言葉だけでは、本当に定着できるのか、長年耐えてきた妻にとってはすぐには信じることはできないだろう。妻や妻の両親に信じてもらう方法はないかを考え、そこから、DVの加害者更生プログラムに通うことを考えた。幾つか更生プログラムはあったが、「加害者は治らない」といった否定的なコメントが少なくない中、「8割がDVから更生」の記事のあったこちらのステップの存在が人生の崖っぷちにいた自分を救ってくれる大きなきっかけとなった。

妻から離婚の申し出があった後も何度も電話、メールでのお願いをし、ステップのホームページや8割更生の記事を掲載した毎日新聞の記事も送った。申し出のあった10日後には、直接、妻の実家も訪れ、妻の両親に謝罪した。義父からは、「もうわかった。自分を大事にするように。」と罪を憎んで人を憎まずと感じた言葉をかけていただき、信頼してくれていた人を裏切ったことを悔い、二度とその信頼を裏切ってはならないと胆に銘じた。同時に妻にも謝罪した。顔も見たくなかったはずだが、妻はそんな自分に勇気を振り絞ってあってくれた。その翌日は息子にも会うことを許してもらえた。

そして妻が実家に帰ってからおよそ1ヶ月半後、同居を再開している。私自身にとっては二人に会えない長い期間であったが、妻の気持ちを考えると非常に短い期間での再開である。一度は離婚を考えたことで、妻の両親も早々に環境を整え始めてくれていたこともあり、その両親の説得に相当の心労を加えてしまった中での再開である。妻が戻ろうと考えてくれたきっかけの一つは、息子のことであった。息子にとって、父親のいない環境はできれば避けるべき、DVを治そうとしている自分が本当に治るのなら、それに越したことはない、そのように考えてくれたおかげだった。また私自身の言動の変化(改善)にも気づいてくれ、そんな自分を受け入れてくれた。

とはいえ、実家に帰って1週間以上、憔悴しきっていて、食べ物もあまり喉に通らなかったというから、相当譲歩をしてもらったと痛感している。いくら私自身が変わっても、妻の歩みよりがなければ今のこの関係はありえない。今現在も自分の言動改革中であるが、先日、52回のプログラムを終えた方が仰っていたが、「他人では訓練にはならない」の言葉の通り、家族が傍にいて、自分を信頼してくれるおかげで、常に強い意識を持って取り組むことができている。妻には感謝の気持ちでいっぱいである。

DVとは、自分の思うとおりにならないと駄々をこねる幼児の気持ちを持ったまま、知識も経験もそして力も蓄えた、誤った考え方を選択し、誤った行動に移した大人の犯罪行為である。120%、200%、加害者である自分に非がある。被害者である妻には1%も誤りはない。40年以上も幼児だった自分は恥ずべき存在である。今は十分それが理解できているが、その考えを今後も実践し続けていくことで、家族に自身の罪を償っていく。                   夫・ Mさん
by npo-step | 2015-05-14 16:54 |   参加者・体験談、ほか